こちらは1998年に始まったばかりの、新しい大会です。正式名称は、第xx回「投扇興競技大会」です。

この大会が始まった趣旨は、同じく1998年に実施された、春の伝法院の大会の実施要項の改訂でした。
参加者急増のため、前年までのように個人戦と団体戦の掛け持ちや、団体戦に複数チームを出すといったことが困難になってしまい、やむなく「掛け持ち不可」や「団体戦は選抜制」など、参加形態に制限をつけざるを得なくなったのです。一時期は1試合に5分ほどしか取れず、進行がバタバタしてしまって、一般観光客から「雅びさが感じられない」という苦情まであったそうで、「雅びの会」という本来の形を取り戻すにはやむを得ない措置でした。
しかし、そのため「これだと振興会員の出場の機会が著しく制約を受けることも考えられる」ので、「別に振興会主体の競技大会を実施する。」ということになりました。
当時の案内によれば「真の実力を競い合う場」「実力日本一決定戦」という位置づけをされています。第4回大会の時の春木理事長のご挨拶では「秋の大会に関しては『雅びさ』というより、日頃から稽古した皆さんの技を披露して頂く場」ともおっしゃっていました。
春の大会は浅草観光連盟主催の「春の観光祭」の一環として、広く一般の投扇興愛好家に開かれているのに対し、こちらの大会はもっぱら「東都浅草投扇興保存振興会の会員のために」行なわれる大会なのです。
(と言っても、会員以外は全く出られないわけでもなく、各連の代表者の紹介があれば参加できます)
団体戦は1つの連から2チームでも3チームでも出していいし、個人戦と団体戦の掛け持ち出場も自由。それに、春の大会のように「個人戦紫の部で優勝した人は、以降の大会の個人戦には出られない」などという制限もありません。したがって複数回優勝だってできるわけです。
何しろ「競技」「実力勝負」が主体の、(ある意味)スポーツ的な趣きもある大会ですから、ノリとしては中学高校時代に経験した部活の公式大会のような感じもするくらいで、私なんかは非常に燃えてしまいます。そもそも、他ならぬ其扇庵夢蝶先生ご自身も、こういう形式はお好きらしいです(^_^;)。春の大会と違って芸者さんの舞の披露も投壺の実演もなく、数時間に渡ってひたすら投扇興三昧です。
個人戦の方は、隔月の例会と同じように数名ずつの席に分かれて各自が40投を行い、その勝敗および得点によって一人だけ勝ち抜けるという予選があり、合計8人による決勝トーナメントを行なうというシステム。サッカーワールドカップなどを思い浮かべればわかりますよね。
団体戦も参加チームが多いため、まずは何グループかに分かれての予選リーグを行ない、それぞれの優勝チームが出ての決勝戦で総合優勝が決まります。
この大会の第一回では、私は何と個人戦で準優勝することができました。団体戦でも優勝し、この頃が私としてはピークだったかもしれません。
優勝者への賞品は、春の大会と違って「一年間貸与」ということはなく、楯や投扇興セットなどをそのまま頂けます。また副賞として「團十郎つなぎの浴衣」を頂いていました。準優勝の私も記念品を頂きました。また全員に参加賞として、地元浅草の昔懐かしいお菓子も頂きました。
なお、 開催場所は浅草寺の伝法院ではなく、隔月の例会を行なっている浅草三業会館です。
格式の高いお寺と違って、こちらでは隣の控え室で飲食(持ち込み)することもでき、やることも投扇興だけなのでとても楽しい雰囲気の半日が過ごせます。特にマスコミの取材もありません。
食事についてもう少し補足しますと、昼前に始まる上に昼食休憩などはないので、ちゃんと食事を取っておかないと夕方の閉会までにスタミナ切れになることがあります。かと言って、この界隈はあまり朝早くから食べられる所がないので、結局「雷5656会館」の向かいのコンビニなどで調達した弁当や飲み物などを持ち込むのが一番手っ取り早いと思います。
浅草駅近辺で済ませてくるのならマクドナルドなどを利用する手もありますが、行列に巻き込まれて遅刻しかけた人などもいましたので、ファミレスや吉野家などの方が多少は安心かもしれません。
※ 2017年の第20回から、会場は待乳山聖天に替わりました。
この大会が行なわれる11月は、この年から通常の例会はなくなり、代わりにこの大会が行なわれるので、個人戦予選の40投をもって定例会の成績に代えることが認められました。
これは特に遠方からの参加者や、普段は仕事のためになかなか例会に参加できない実力者には願ってもない朗報でした。大会は春も秋も土曜日に開催されるので、平日夜に行なわれる定例会に比べて格段に参加しやすいからです。そして「6回目は浅草の振興会の例会での成績でなければならない」という厳しい条件がつく初段〜三段の取得が大変しやすくなったわけです。
実際、この年を境として、段位を取得する人が増え始めました。他の月でもあることはありますが、最近になって入段・昇段した人のほとんどは、日付が11月のこの大会の日になっているくらいです。
実力は十分なのになかなか段位に挑戦できずにいる方、この大会だけは万難を排して参加いたしましょう!
2001年の第4回大会では、淡路先生が集められた江戸時代の点式のカラーコピーが展示され、注目を集めていました。
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最後に、この大会の歴代優勝者・優勝連を挙げておきます。
辻本さんは、春の大会の個人戦(紅と紫)と合わせて、其扇流の公式大会の個人戦を全て制するという大記録を達成しています。しかも、この秋の大会の第一回で優勝したのは春の大会の紫の部で優勝した年でもあり、同一年で二冠を独占しました。
そして第4回では、全く同じ記録を寺菴さんが達成しています。つまり、春の紅と紫を制した上に、紫での優勝と同年に秋の個人戦でも優勝。こんな大記録を達成する人が早くも2人目となるとは思ってもいませんでした。
第7回では、ついに女性のチャンピオンが誕生!これは秋の大会では初めての快挙です。ちなみに準優勝は、春の大会でも準優勝だった平松あゆ子さんで、どちらが勝っても「女性初の優勝!」でした。しかも、その決勝戦のスコアが何と「52対51」!稀に見る大熱戦でした。
団体戦は、扇友連の2連覇、赤坂連の3連覇のあと、瓦落多連が3連覇を達成しています。
2006年11月19日追記:
第9回では、茜連の佐伯淳也さんが、何と個人戦2連覇という史上初の偉業を成し遂げました。
ちなみに、春の大会では(初期の頃を除いて)個人戦紫之部の優勝者は、翌年以降の個人戦には参加できないため、「連覇」というのはありえません。連覇ができるとしたら秋の大会だけなのですが、今までは連覇はおろか「2回目の優勝」すら誰一人として達成していませんでした。
決勝戦の相手は都流戯連の石野幸雄さんという、おそらく最も実力の安定した2人の対戦となり、スコアは期待通り「57対56」! 第7回をも越える大激戦となりましたが、石野さんに花散里が出てしまったのが勝敗を分けた形となりました。
さらに団体戦は茜連が制したため、佐伯さんは「二冠」達成となりました。
2007年11月4日追記:
第10回でも佐伯さんは決勝トーナメントに進出しましたが、1回戦で石橋俊彦さんに敗れて3連覇はならず。
そして優勝したのはその石橋さんを準決勝で破って勝ち上がった、奥様のふみっちさんでした。団体戦もじゃが連(星組)が初制覇し、そのメンバーでもあったふみっちさんは、前回の佐伯さんと同様「二冠」を達成しました!
2008年11月23日追記:
第11回の個人戦は、春にNHK「熱中時間」で全国的有名人となった(笑)石橋俊彦さんがついに初タイトルを獲得。夫婦で2連覇という形になりました。しかも団体戦はじゃが連(星組)の2連覇となり、石橋さんは「二冠」達成となりました。このパターンがずっと続いています。
2010年11月21日追記:
第13回の個人戦は、瓦落多連の唐澤陽子さんが佐伯さん以来となる2度目の優勝を達成。団体戦はその唐澤さんを含む瓦落多連の1軍チームともう1チームの同門対決が実現しましたが、唐澤さんのチームが僅差で敗退!いわば「下剋上」の形になり、唐澤さんは二冠達成なりませんでした。
2011年11月27日追記:
第14回の個人戦はじゃが連の石橋俊彦さんが優勝し、3人目となる2回目の優勝となりました。
2012年11月25日追記:
第15回の個人戦は、じゃが連の石橋俊彦さんが史上初の3回目の優勝を果たし、さらに佐伯淳也さん以来の「連覇」を達成しました。
2016年11月12日追記:
しばらく更新をサボっていたのでまとめてしまいますが、第17回の個人戦は瓦落多連の唐澤陽子さんが優勝し、石橋さんと並ぶ3回目の優勝を果たました。
第18回の個人戦は、この私こと其扇庵匠胡(小林啓一)が悲願の初優勝!ヽ(´▽`)ノ しかも扇友連が団体優勝し、二冠達成という形になりました。
さらに第19回の個人戦は米川靖彦さんが優勝し、扇友連が第1回第2回以来の連覇を達成しました。
扇友連には三段が5人いるのですが、中村一朗さんが春の伝法院で優勝しているため、5人全員がタイトル経験者となりました。