(第2部はこちら)
(優勝者・団体一覧)
「春の大会」とは、「浅草春の観光祭」の一環として、毎年4月の第二土曜日頃に浅草寺伝法院(せんそうじ・でんぼういん)などを会場として行われる投扇興大会のことです。
(伝法院が改装工事等で使用できない場合は、別の会場で行われます)

正式には、”雅びの会「投壺(とうこ)と投扇興」の集い”と言い、今年(2001年)で第20回を迎えます。主催は浅草観光連盟で、台東区や浅草寺、浅草商店連合会などの後援で開催される、大がかりな大会です。
(注:2025年の第41回から「投壺と」が外れました)
なお、新聞記事データベースなどで調べてみると、伝法院ではなく近所の割烹(1989年第8回大会、割烹「草津亭」)や、さらに伝法院の門前、つまり屋外で行なわれた年もあったようです。また、2001年は伝法院の工事のために開催時期がずれこみ、6月に行なわれました。

大会が行なわれるのは浅草寺伝法院の大書院(おおじょいん)。
建物もそうですが、ここの日本庭園が素晴らしく、共に一年に一度、この大会の時にしか一般公開されないため、投扇興に参加しなくても見学だけでもぜひ行きたいところです。
テレビで見ているような芸能人や落語家、歌舞伎俳優の方々も参加されることが多く、それを楽しみに参加している人もいるようです。私が参加した回だけでも、いとうせいこうさん、真野響子さん、中村時蔵さん、中村勘太郎さん、などなど。落語家には強豪の方もいらっしゃいます(→リンク集を参照)。
1992年には、来日していたゴルバチョフ元ソ連大統領も5投ほど体験していかれたそうです。
(その時の映像が、2018年3月26日放送の「Qさま 3時間スペシャル」の中で紹介されたのですが、「平成のニュースの主役」の第11位を当てるという問題の中だったため、ゴルバチョフ氏本人は顔が伏せられている状態だったのが実にもったいなかったです)
大会は正午もしくは11時半頃からスタートで、おおむね夕方の5時くらいまで。プログラムは毎年、次のようになっています。
| セレモニー | 挨拶 | 浅草観光連盟会長 | |
| 祝辞 | 台東区役所からのご来賓など | ||
| 第一部 | 雅遊「投壺」 | 実演 | 東京浅草組合芸妓衆 |
| 解説 | 伝承遊戯研究家 淡路保孝 | ||
| 舞踊 | 春の舞 | 東京浅草組合芸妓衆 | |
| お茶席 (随時) | 台東区茶道華道文化協会 | ||
| 第二部 | 投扇興 | 特別試合 | 其扇流投士 |
| 個人競技(紅の部) | |||
| 個人競技(紫の部) | |||
| 団体競技 | |||
| 表彰式 | (優勝者、準優勝者) |


上の最初の写真は、これから投げようとしているところ。このように矢じり(羽根の側)を持って矢を斜め上に向け、そのまま放り投げる感じで、投扇興のように狙いを定めるわけではないので、いきなりやってもまず入らないでしょう。毎年実演してくださる芸妓さんたちは、最近は練習を積んでいるようで、右の写真のように必ず何本かは壷の中、もしくは両脇の輪の中に入れてみせてくれます。
解説の淡路先生によれば、ルールが複雑なゆえにすたれてしまい、道具自体が非常に貴重なもので、現在の日本で実際に投げるところを見られるのは唯一この「投壺と投扇興の集い」だけだそうです。
投壺に引き続いて、地元浅草の芸妓さんたちによる三味線と舞踊が披露されます。こちらも普段はあまり目にする機会がありませんので、さかんに参加者からフラッシュがたかれます。私も、初参加の時はえらく感激したのを覚えています。
1998年の大会の時は、戦後初の公開という「長唄投扇興」が披露されました。源氏物語の54帖の名前が全て読み込まれている長い内容で、さすがに全部では時間を取りすぎるので半分ほどに短縮されていましたが、参加者に配布されたパンフには歌詞が載っていました。

芸妓さんたちだけでなく、この日は上級者のご婦人方も着物で臨む方が多くて、とても華やかな雰囲気になります。男性も、中には渋く和服で決めて参加する人がいらして、私のひそかな目標となっています。ああいう風に粋に年を取っていけたらいいな…と。
ずっと長い間、投扇興を趣味としていって、いつかお金にゆとりができたら、ああいう格好で大会に参加してみたいです。
追記) 2005年に仲間内で和服を着ようという機運が高まり、私もそのブームに乗って、安い化繊のやつではありますがいちおう羽織まで一式揃えて購入しました! そして2005年と2006年は実際に和服で大会に参加したのですが、翌年からはやめてしまいました(^_^;)。
というのは、やはり普段から着慣れていないと余計なことに気を取られてしまって、投げることに集中できないんですよね。まだまだ分不相応だったかもしれません。
また、この日は毎年、お茶席が設けられます。これは特定の時間を区切って行なわれるわけではなく、第一部から第二部までずっとオープンしていますので、いつでもお茶と和菓子を頂くことができます。しかも無料。晴れていれば見事な庭園を背景にしての野点(のだて)、雨天でも室内の和室に席が設けられます。


最近は私なども銘定行司を任されるようになってきたため、自分の出番でなくても人の試合にずっとつきっきりで、トイレに行くのがやっとの状態。なかなかお茶を楽しめないのが残念です。
さて、第二部はメインとなる投扇興。
最初に「特別試合」とありますが、年によっても違いますけど、だいたいは前年の個人戦紫の部の優勝者と、美しい芸妓さんの代表による10投の試合が「模範」として披露されます。
チャンピオンと芸妓さんでは勝負にならないのでは…?と思うのが普通でしょうけど、これがなかなか…。普段と違うものすごい数の観衆の目が一斉に注がれるプレッシャーで、いかにチャンピオンといえども実力の半分くらいしか出せないことが多いようです。前半5投が手習と花散里ばっかりなんてこともよくあるので、それでも温かく見守ってあげてください(笑)。

年によっては、歴代の優勝者同士によるハイレベルの試合からいきなり披露されることもあります。2001年の大会もそうでした。
逆に、都合で前年優勝者(落語の立川談幸師匠)が参加できなかった2004年の大会では、なんと歌舞伎俳優の中村時蔵丈が、その華麗な技を披露してくださいました。
この写真では、行司の其扇庵紫蝶(歌舞伎などの舞扇や、さらに投扇興の道具も扱っている文扇堂の社長さんです)殿が、昔の江戸の投扇興にならって「相撲の行司」のいでたちをしていることがおわかり頂けることと思います。右手にはちゃんと軍配まで持っています。また、例年ですと決勝の試合にしか用いられない「ミニ土俵」が、この時は特別に用いられました。
(後ろでカメラを構えているのは、地元の台東区ケーブルテレビのスタッフの方です)
この写真の撮影直後、時蔵丈ご本人に掲載の許可をお願いしたところ、快諾してくださいました。ありがとうございました。せっかくなので、大きく載せさせていただきました。
模範演技の後、席の設営が変えられて、いよいよ投扇興の大会が始まります。(続く)