(第1部はこちら)
模範試合のあと、いよいよ一般参加者による投扇興大会が始まります。形式は全て一発勝負のトーナメント。其扇流の形式にのっとった、1人10投の個人戦と、5人で25投を投げる団体戦が行なわれます。
このうち個人戦については、初心者による「紅の部」と、熟練者による「紫の部」に分かれています。
紅の部は本来は初心者の部だと思うのですが、前年の紅の部で緒戦敗退などの文字通りの初心者と、実は腕はあるけど単に「初参加」というだけの選手も参加するため、最近は「十分に練習してから満を持して参加してきた」といった雰囲気の人も見られます。初心者同士だと、10投ずつ終わっても両者無点で、追投でやっと決着がつくなんて試合も珍しくないのですが、紫の部の試合かと見まがうような熱戦もけっこう見られます。
なお、テレビや新聞の取材が入るのもこの時間帯です。ここ何年かはフジテレビやテレビ朝日の夕方のニュースでいつも紹介され、行司をやっている私がたまたま映ったりと楽しませてもらってます。
(ただ、この取材のための照明がやたらと暑かったりします。参加される方は、フラッシュなどに集中力を乱されないことと、スタミナ対策・水分対策を心がけることをお奨めしておきましょう)
決勝進出の2名ずつが決まったところでいったん打ちきり、紫の部に入ります。
2012年4月追記)
第31回から「紅之部」は、投扇興を全くやったことのない、飛び入り参加の初心者だけによる体験会のコーナーとなりました。
各自2試合のみで、トーナメントにより優勝を争うこともしなくなっています。
紫の部は、紅の部である程度以上の成績を残せた熟練者ばかりが集まってくるため、一回戦といえども気が抜けません(実際、私も2001年と2004年は緒戦敗退でした(^_^;)ゞ)。30点台、40点台という見応えのある試合もあります。
ただ、1989年の申し合わせにより、この紫の部で一度優勝してしまうと翌年以降は個人戦に出場できなくなるため、すごく強い人ばかりが集まっている、というわけでもないです。どの人にも優勝のチャンスはあると思います(…そうでもないかな(^_^;))。
2017年3月追記)
第36回から(「紫之部」改め)「個人戦之部」は、過去の優勝経験者でも再び出場できるようになりました。
紫の部も決勝進出の2名ずつ(年によってはベスト4まで)が決まったところでいったん打ちきり、団体戦に入ります。
団体戦は、5人1組。それぞれ5投ずつ、合計25投して得点を競います。
以前は個人戦とのかけもちも可能だったのですが、一般の会場と違ってお寺を借りているため撤収時刻がかなり早く、参加者数の増大に対応するため、
1998年から団体戦と個人戦の掛け持ちができなくなってしまいました。
2018年4月追記)
この制限についても昨年の第36回に撤廃され、今年も踏襲されました。
この団体戦は、途中の席の交代がないため、わずかな風向きや光の加減を考えてどちらの席を選ぶとか、あるいは先方と後方のどちらを選ぶかといった駆け引きがあり、最初のサイ振りから勝負が始まっています。
特に2001年の大会では初夏の時期に開催されたので、暑さ対策および「借景」という意味もあって、障子が開放されました。そのため、席によっては風の影響がかなり大きく、サイ振りを担当する各連の先鋒の中には、仲間からプレッシャーをかけられていた所もあったようです。
団体戦の準決勝まで終わった時点で会場の五席(2004年は「遊」の席を加えた六席になりました)のうち春夏秋冬の四席を片付け、中央の「四季」の席だけにします。ここで登場するのが、幕末期の投扇興で流行ったという相撲形式にのっとった、縦横約1メートル、高さ約10センチくらいのミニチュアの土俵です。昭和10年代や20年代の、歌舞伎座での投扇興の写真でも確認できます。
(なお、年によっては、各部のベスト4が出揃った時点で中断して次の部に移り、それぞれの準決勝以降を後にまとめることもあります)

この土俵の上に乗せられる分だけ的の位置が上がってしまうわけで、初めて決勝の舞台に臨む人はめんくらってしまう場合があるのですが、実際にはそこまで勝ちあがれるほどの腕前の人なら、そうそう影響はないようです。
私は個人戦こそ経験ないものの、団体戦の決勝でこの土俵上の的に向かったことは何度かあり、それほど点数は悪くなりませんでした。
晴れて優勝しますと、賞品として紅の部の優勝者には、小さな扇の入ったガラス張りの楯が贈られます。これは次回の大会の返還式で返さないといけないもので、受け取ると同時に預かり証を書かなければいけません。箱も返却しなければならないので、自宅で箱から出して飾っていたりする場合は翌年注意してください。
その他に、優勝扇として賞状のように優勝者の名前が入った白扇が1本。副賞として、狩野氏信筆による「武蔵国浅草寺縁起」の色紙その他を頂けます。(副賞は年によって違うかもしれません。)
一方、紫の部の優勝者には、鳳凰の絵などが両面に描かれた『鳳凰之扇』という桧扇(ひおうぎ)が授与されます。

これも翌年は返還しなければいけないのですが、その代わりに投扇興の道具一式が進呈されます。文扇堂で購入すると2万1千円(税込み)もするのですから、かなりの高額賞品と言えるでしょう。
団体戦の優勝チームにも、絵柄が異なる桧扇『四君子之扇』が贈られますが、こちらもやはり翌年の大会で返還し、代わりに投扇興道具一式がチームに対して贈られます。

余談ですが、秋篠宮紀子妃殿下のお印の「ヒオウギアヤメ」の名前は、この「桧扇」から来ています。
かつて行なわれていた夏の団体戦の優勝チームに1年間贈られていた桧扇は「涼波」という銘で、箱のフタの裏には其扇流家元の市川団十郎丈のサインがしてありました。
ちなみに、「桧扇」というのは、宮脇賣扇庵の本店に展示されていた説明によりますと、
檜扇とは、まだ紙が貴重であった当時、紙の代わりに訴えを記して上申したり、種々の事柄を記録したりする木簡が、記録保存用に発展して閉じ合わせる必要が生じたために生まれたもの。これが「扇」の最初の形式となった。
という物なのだそうです。
最後に、この大会の歴代優勝者・優勝連をまとめておきます。これは、毎年の会場に「投扇興全国大会の記録」として表が掲示されているもので、私もいつかは名前を連ねたいものだと思っております。
注)
・優勝者の所属連は、私が把握している最近の分だけです。それ以前の方でも所属を知っている人はいますが、いちおう1994年以降にしました。
・平成3年の第10回大会から、個人戦が紅と紫の二部制になりました。
・平成元年の第8回大会から、個人戦紫の部の優勝者は、その年以降の個人戦には出場しない申し合わせで、それまでは、町田氏による個人戦3連覇の記録がありました。
・平成10年の第17回大会から個人戦と団体戦の掛け持ちはできなくなり、団体戦は一つの連で1チームに限定されました。
・平成29年の第36回大会から、優勝経験者も個人戦に出場できるようになり、個人戦と団体戦も掛け持ちできるようになりました。
・平成31年(2019年)の第38回大会のあと、新型コロナによる中止が続き、令和5年(2023年)の「第39回雅の会」は競技大会抜きの初心者体験会のみの開催となりました。
団体戦では、雅遊連花組による8連覇が光っています。その後は扇友連が4連覇、そして胡蝶連が2連覇したあと、2002年からは扇友連が再び2連覇を達成。そのあと都流戯連が4連覇を達成しています(2005年と2007年は扇友連が決勝で対戦しましたが、奪還はなりませんでした)。
2009年には扇友連が6年ぶりの復活優勝を遂げ、翌年2連覇を果たした(しかも風下でした!)のですが、2011年には雅遊連が復活優勝。上記の「8連覇」以来、実に16年ぶりでした。
個人戦の紅と紫の両方を制する快挙は、辻本滋雄さん、寺菴徹さん、川田潤さん、平松靖成さんの4人が達成していますが、特に寺菴さんと川田さんは初参加で紅の部を制し、翌年も続けて紫の部で優勝して2年で個人戦を卒業、つまり個人戦で無敗!という最短記録を成し遂げました。
また、辻本さんと寺菴さんと平松さんは、秋の大会の個人戦で優勝するという個人戦三冠を達成しています。
あと、網岡孝夫さんが紫の部に第16,20,21回の3回出場して「全て準優勝」という記録を作っています(17〜19回は団体戦出場)。悲願の優勝達成は果たしていつになるでしょうか?
また、同じく準優勝に関するエピソードとしては、第22回の林義寿さん。大差を付けてほぼ優勝を手中にしていたのですが、一席満投寸前に何と野分で過料20点! わずか2点差で優勝を逃してしまいました。これは後々まで語り継がれることになりそうですね(なお、2年後の第24回でも再び決勝に進出し、今度は1点差で接戦を制して優勝を果たしています)。
じゃが連の石橋俊彦さんは、3年連続で決勝に進出し、第28回で悲願の優勝を成し遂げました。前年の秋の大会でも優勝しているため、「秋・春連覇」の形になっています。
紅の部では、赤坂連が扇友連以来の3連覇を達成しています。
あと、これは「連覇」ではないのですが、2011年にじゃが連から実に4人目の紅の部優勝者が出ました。しかも決勝の相手もじゃが連で、準優勝は5人目と、紅の部の決勝の常連となっています。
なお、この大会の模様は新聞・テレビの東京版に報じられることがよくありますが、だいたい紹介されるのは冒頭の紅の部の模様だけです。
それに対して、台東区とJ:COM すみだ・台東(旧:台東ケーブルテレビ)が制作・放送する「下町YOU-Iチャンネル」のニュースでは、大会の最初から最後までみっちり取材した上で、全ての内容から抜粋した実に内容の濃い紹介をしています。
リンクを許可してくださいました、台東区総務部広報課様および台東ケーブルテレビ様に厚く御礼申し上げます。