試合の中で出ると拍手が起きる「澪標」や「早蕨」は、何年やってても嬉しいものです。
ここでは便宜的に「10点以上」の形を「大技」と呼ぶことにし、それに関する種々の記録を紹介します。もちろんこれも親しい友人の間だけのことで、其扇流の大勢の愛好家の皆様には、もっとすごい記録をお持ちの方がいらっしゃるかもしれません。
「但し書き」のつかない純粋な50点技には「夢浮橋」と「篝火」がありますが、篝火はごくまれに見られるものの、「夢浮橋」は本当に幻の技とされてきました。
其扇流が発足した当初の第一段階・19種類の時代からこの技は規定されていたのですが、それからすでに20年、あの其扇庵夢蝶先生も一度も見たことがないと常々おっしゃっていました。
その幻の「夢浮橋」をついに達成したのが、胡蝶連の堀内静恵さん。2002年6月9日に赤坂のプラザミカドで開催された「第1回帝の会」の、開会前の練習中の出来事でした(皆が注視する試合中でなかったのが惜しい!!)。
私が会場に到着するちょっと前のことで、ここに写真を載せられないのが残念ですが、目撃した方々の証言によりますと、蝶は立っていたもののいわゆる「斜め立ち」の状態だったそうです。そこに、枕の上辺にかかった扇がかぶさった形になっており、最初は皆が「斜めだけど自力で立っていれば『若紫』になるかな」と判断して、そっと扇を蝶から外してみた。そしたら蝶は倒れなかったので、じゃあ若紫ですね…いや、ちょっと待て…扇が毛氈に接してない!
扇の骨が枕の上でしっかり扇全体を支えているため、ほっといても蝶の上部から下にはずり落ちないような状態だったそうで、「これは夢浮橋に判定するしかないですね」ということになったのだそうです。
そういう過程を経ていた上に何しろ練習中のことだったため、あまり盛り上がらないまま過ぎてしまったみたいなのですが(^_^;)、やはりこういう希な技ってのは、試合中に出てもらいたいですよね。あと、今後いったい誰が最初に、ちゃんと蝶が直立した形のきれいな夢浮橋を出すか。投扇興の愛好者数が増えてきた今、その日が来るのもそう遠くない気がします。
その「夢浮橋」を除くと、「篝火」「鈴のからんだ真木柱」「両褄上がりの蓬生」といった50点技はどれも間近で見たことがあります。篝火はまだ5人ほどですが、そのうちの一人が我が妻の其扇庵玲鳳です。その時の記念写真の得意気な顔ときたらもう…(笑)。
ただ、1995年と1996年のわずか2年の間に立て続けに5回見たあと、長いこと身近では見ていなかったのですが、21世紀に入ってから、再連の浜田真紀さんが達成しました。しかも、わずか半年後に2回目! また、2005年1月8日には、茜連の橋本暢さんも達成しています。
(2007年10月27日追記)其扇庵雄扇さんが、12年ぶりに人生2度目の篝火を達成しました!)
私もなるべく早い機会に達成したいと念願しています。
2002年9月2日、赤坂の「投扇菴」で行なわれた練習試合で、寺菴徹さんが「澪標6つ」という大記録を達成しました。内訳は以下の通りです。
薄雲−澪標−澪標−夕霧−須磨−薄雲−澪標−澪標−澪標−澪標 93点
単純に6つの澪標が散在しているとしてもすごいですが、この試合では2連発と4連発! これはそう滅多に出るものではないでしょう。もしもう1回投げたら5連発になっていたんでしょうか??
2008年9月26日、こちらは浅草見番の隔月例会で、Domiさんが同じく「澪標6つ」という大記録を達成しました。
こちらは10投の詳しい内訳を控えていないのですが、3投目からの3連発を皮切りに、7投目、そして9投目からまた2連発! そのラスト10投目にも乗った時には、さすがに喜びを隠し切れない様子でした。
得点は81点! 対戦相手が今月始めたばかりの方だったのでわずか1点どまりとなり(相手のすごさに圧倒されてしまったのかも)、実に80点差も開いてしまいました。
2008年10月25日、Domiさんが何と2ヶ月連続で2度目の「澪標6つ」を達成しました。内訳は次の通り。
澪標−花散里−澪標−賢木−花散里−澪標−澪標−澪標−行幸−澪標 80点
澪標が6つもある割には80点というのは(上記の81点もそうなんですが)やや低めにも思えます。つまり、残り4投が14点にしかなっていないわけですから…原因はやはり花散里が出てしまっていることで、本人いわく「乗るか散るか」だったとか(^_^;)。澪標を量産している絶好調時には、乗らなくても薄雲とかになりそうなもんですが、そうはうまくいかないようです。
2008年11月22日、秋の大会の前日の練習会にて、またしてもDomiさんが「澪標6つ」を達成しました。3ヶ月連続、しかも1日に2回もです!
詳細をメモしてないのですが、1回目は10投80点、2回目は87点! しかも1回目は「澪標4連発」を含んでいます(^_^;)。
2004年9月9日、新宿の「シアターPOO」にて、バンマスさんが同じく「大技6回」を達成。こちらはさらにすごいです。内訳は次の通り。
澪標−薄雲−薄雲−行幸−澪標−澪標−行幸−若紫−澪標−帚木 96点
行幸2つが夕霧とか須磨だったらよかったのに、「全て4点以上(どまり)」だったのが惜しい!というか、3桁得点でも全く不思議ではない勢いです。澪標系だけで5つ、そして若紫…これが蓬生とかだったら、一気に新記録の120点台も夢ではありませんでした。
次点は「5回」。
2003年3月8日に行なわれた赤坂連の例会で、牛鳴連の浜田真紀さんが「大技5回」を達成しました。こちらは澪標3つと帚木と少女で、10投の得点は94点に達したそうです。少女は30点と高いことが大きいですね。
2004年8月12日には、POOでの練習試合において、館長さんが寺菴さんに次ぐ「澪標5つ」を達成しました。これだけで55点になるので、10投では相当な高得点になるはずなのですが、残りの5投が「行幸3 紅葉賀 末摘花」と4点以下ばかりだったため、74点にしかならなかったそうです。もったいなーい!
また、2006年2月19日には、じゃが連の例会で石橋俊彦さんが同じく「澪標5つ」を達成しました。この時の得点は73点で、他にも澪標4つを含む77点があり、40投で実に11回も澪標を出してトータル259点に達したそうです。
2007年2月10日にもじゃが連の例会で、Domiさんが同じく「澪標5つ」を達成しました。他の5投は須磨と行幸2つと花散里2つ…計71点。花散里がもったいない〜〜! しかし40投で澪標を10回も出して、トータルは251点でした。
さらに翌3月24日のじゃが連の例会でも、そのDomiさんがまたまた「澪標5つ」を達成! その試合の相手は私だったのですが、1投目から澪標3連発!のあと5投目も澪標で、「前半5投で澪標4つ」という神がかり的な絶好調でした。
2007年10月7日、じゃが連の伊豆高原合宿で、ふみっちさんが「澪標5つ」を達成しました。相手が一投目に澪標を出したのですが、続く自分の一投目にあっさり澪標をお返ししたあと、2連発を含む5つもの澪標を積み上げ、10投は79点に達しました。この時の40投は241点と、自己ハイスコアを更新しました。
(さらに、40投の後で行なわれた「決勝戦」では、澪標と空蝉加点と少女を出して10投101点と、こちらもハイスコアを大きく更新し、絶好調の一日でした!)
2008年11月8日、瓦落多連の合宿で、ヘヴンさんが「大技5回」を達成しました。こちらは澪標4つと若紫で、10投は73点でした。
「大技4回」というのは何回か目撃しています。
私の所属する連でも1990年代半ばを中心に7回ほど達成されているのをはじめ、2002年8月には瓦落多連の「にょい坊」さんが「澪標3回と帚木で計4回」で10投合計63点。
また2002年9月には、少年投士さんが「10投111点」の大記録を達成した試合があり、その時の大技は「空蝉と明石と澪標2回で計4回」です。空蝉は但書付きですので、この4投で実に70点も取ってることになります! そうじゃないと100点越えなんてできないよな…と思いますが、しかし残り6投だけで41点取ってるってことでもあるわけで、やはり奇跡的な記録ですね。
なお、私の最高記録は「3回」です。最近では2004年4月3日に「澪標、早蕨、真木柱」の3つを1試合で出したことがあります。ただ、それほど調子がよかったわけでもなく、これだけの大技を出しても70点どまりでした。せっかくのチャンスをもったいない…。
2008年3月21日追記)
浅草見番の例会で、都流戯連の伊の幸さんが「10投中に蓬生を2回」という非常に珍しい記録を達成しました! しかし、この試合に限って花散里が多いなど調子が今ひとつで、せっかく「2投で70点を稼いだ」にもかかわらず10投トータルでは93点どまり。せっかくの3桁得点のチャンスを無駄にしてしまいました。
2008年11月15日追記)
じゃが連のふみっちさんが、同じく「10投中に蓬生を2回」というより「前半5投で蓬生を2回」を記録! そしてその後も薄雲などで得点を重ね、ついに10投トータルでは113点という新記録を達成しました!
2008年9月23日に、扇友連の例会でくぇんさんが「澪標5つ」を達成しました。この時の得点は78点でした。
上記の「大技6つ」の試合で寺菴さんが達成した「澪標4連発」が最高記録です。
2004年5月23日追記)
石橋俊彦さんが、「若紫、澪標、浮舟、澪標」という4連発を達成しました。何かもう神がかってますね(^_^;)。
2007年7月18日追記)
ふみっちさんが、7月14日の例会の練習中に「澪標4連発」を達成しました。
2008年4月12日追記)
石橋俊彦さんが、自宅での練習中に「澪標4連発」を達成しました。その時は異様な絶好調で、その4連発を含む10投で7回も澪標になったそうです。
2008年11月22日追記)
Domiさんが「澪標4連発」を含む「10投中澪標6つ」を達成しました。
それまでは「3連発」が最高で、それは私もやったことがあります。こういうのはたいてい「澪標の3連発」というのが多いのですが、私がやったのは何と「蓬生の連発+澪標」でした。残念ながら練習中の出来事だったのが実にもったいなかったです。
もっとすごいのが、「若紫、澪標、澪標、行幸、澪標」と、5投のうちの4投までが大技だった、という大記録がありました。それに準ずる記録では「少女、帚木、手習、蓬生」というのもあります。現在の規定では、これだけで80点ですね。
ちなみに「生まれて初めて澪標を出した時、次の一投も連続して澪標だった」という人もいました。また「真木柱の次が蓬生」という連発を経験した人もいます。
瓦落多連の「ヘヴン」さんが女性の最高記録の10投102点を記録した時は、手習はあったのですが「少女の次が蓬生」という連発がありました。
同様に、瓦落多連の「にょい坊」さんが10投93点を記録した時も、手習や花散里もあったものの蓬生と加点付き空蝉が連発したために、ものすごい点数になりました。
扇友連のほいまろさんは、1999年の伝法院の大会の個人戦2回戦で東屋の連発というのをやってのけています。
ほとんどの人は「初めて出した大技」は澪標であることでしょう。中には早蕨が最初だった、という人もいますが、とんでもない大技から始まる人もまれにいます。
若紫(13点)や帚木(15点)、空蝉(18点)、蓬生(35点)などが初体験という人もいる中、一番衝撃的だったのは、「澪標より先に篝火を出した」という其扇庵翔遊さん。1996年3月17日のこと。しかも試合中で、しかも相手はこともあろうに私でした(^_^;)。
本人はまだ投扇興を始めたばかりでわけがわからず、周囲のどよめきに「何何?なんか変なことやった?」と心配になってしまったとか。確かに篝火とか真木柱の瞬間は、”ガチャリン!”と蝶の鈴が聞き慣れない音を立てますしね。
2002年8月追記)
投扇菴で寺菴徹さんに伺った証言によると、投扇菴に来たお客さんの中に、「生まれて初めて投げた1投が鈴がらみの真木柱だった」というとんでもない人がいたそうです!
しかも、その後は手習ばっかりだったとか(^_^;)、2回ほど来た後は来ていないとか…。
2007年12月8日追記)
じゃが連の例会に初めて参加したある女性が、練習中に澪標を出した…と思ったら蝶も立ってました! つまり「澪標より先に桐壺を出した」という珍しい記録となりました。
上記の「初めての大技が篝火」の其扇庵翔遊さんは、その後もめきめきと強くなったばかりか大技の種類も桁違い。2000年5月に其扇流の銘定が40種類に拡張されるまでは、経験していないのは「夢浮橋だけ」になっていました。
その後も「少女」や「明石」はすでに出してますし、26種類の頃に「御法」の形の真木柱は今までに出ていたと思いますが、とにかく現在の残りは、「夢浮橋」と「横笛」と「御法」と「匂宮」の4つだけ。実は「夢浮橋」より、「匂宮」が一番難しいかもしれません(笑)。
(ちなみにこの人のツキというのが尋常じゃなくて、麻雀でも「天和」以外の役満は全て経験しているそうです。このツキと練習量があってこそ、でしょうか。私はというと、せいぜい国士無双と四暗刻と大三元と小四喜くらいですねぇ。)
誰がどのくらい多種多彩な大技を経験しているか、8種類以上の方の記録を一覧表にしてみましたので、ご覧ください。
銘定表の上では定義されているものの、ほとんど出る可能性がないくらい難しい大技というのがあります。
誰もが思い浮かべるのは「夢浮橋」ですが、それ以外にも、今まで出したという人が1人とか2人しか報告されていない、あるいは「出したって話すら聞いたことがない」ものがありますので、それらを一覧にしてみました。
(注)ここに挙げたのは、其扇流のルールに則って行なわれた例会で出たものを基本にしています。他の流派の方が同じ型を出したとしても、それは含みません。
| 人数 | 銘 | 得点 | 名前 | 達成日 | 備考 |
|---|---|---|---|---|---|
| 0 | 少女の加点 | 40 | |||
| 1 | 夢浮橋 | 50 | 堀内静恵 | 2002.06.09 | 大会前の練習中(蝶は斜め立ちの形) |
| 1 | 匂宮 | 11 | 館長へーすけ | 2008.02.10 | 瓦落多連冬合宿 |
| 1 | 野分の加点 | 0 | かおり | 2008.03.29 | じゃが連合宿の試合中 |
| 2 | 鈴虫の加点 | 17 | 桐 | 2005.04.03 | |
| 其扇庵戯鳳 | 2008.01.29 | 浅草見番の1月例会 | |||
| 其扇庵雄扇 | 2008.04.12 | じゃが連例会の練習中 | |||
| 4 | 浮舟の加点 | 40 | ほいまろ | 1995.10.15 | 連の例会の試合中。空蝉と澪標も出して10投109点! |
| 其扇庵匠胡 | 1998.01.29 | 浅草見番の1月例会。10投は86点。 | |||
| 石井智明 | 2002.10.24 | 10投は82点。 | |||
| 館長へーすけ | ? |
この表でおわかりのように、「少女の加点」だけは今まで(2008年2月現在)聞いたことがありません。
何しろ「少女の加点」はいわば「澪標」×「花宴」×「柏木」ですから、もう何年後に出るのか見当もつきません。
あと2〜3年したら、いよいよ其扇流の銘定が40種類から最終段階の54種類に復元される予定ですが、一度も出ないまま最後まで残ってしまうんでしょうか?
それにしても、「匂宮」って出現頻度の割りに点数が低すぎると思うのは私だけでしょうか?(^_^;)
10投を終えて両者が同点だった場合、「1扇追投」という、サドンデスのようなことをやります。この時にいきなり薄雲とか澪標を出してしまう人がたまにいるのですが、それの極端な例がこれ。
2002年9月8日に清澄庭園で行なわれた「第1回野分の会」の三浦大助さんとhikooさんの試合が「42点同士」というすごい追投になったのですが、そこで三浦さんの1投が見事に「少女(30点)」になったのでした。対するhikooさんは紅葉賀の4点どまりで、もちろん三浦さんの勝ち。これが私が目撃した最高記録です。
しかし、上には上がいるもので、其扇庵雄扇さんの奥様が、なんと「追投で蓬生(35点)」という記録を残しています。時は1994年12月10日。まだ始めて1ヶ月程度の初心者ばかり3人で集まって練習に励んでいた時、点数は「17点同士」の試合ながら、追投でいきなり蓬生が出てしまったのだそうです。
さすがに、これを越える話はまだ聞いていません(^_^;)。
相手が澪標を出した次の自分の番で、自分も澪標を出した…ということがたまにありますが、これはもっと珍しい記録。2002年1月に清澄庭園で行なわれた、赤坂連主催の「第1回投扇興お正月の会」で、何と「空蝉に対して空蝉を返す」というすごいシーンがありました。
こういう場合は、先に出した方が精神的ダメージがあるんでしょうね(^_^;)。「これで勝った!」と安心したとたんに追いつかれてしまうわけですから。
一発の大技で、もっと決定的な精神的ダメージを与えたと思われるのは、2002年8月10日に都内某所にて行なわれた試合での出来事。
其扇庵雄扇さんが痛恨の「野分」を出してしまったのに対し、其扇庵翔遊さんの次の1投は何と「空蝉」! この2投で一気に38点もの差がついてしまいました。
2003年12月14日追記)
ヘヴンさんが浮舟を出して勝負が決まったかと思ったら、相手のふみっちさんが何と「横笛」をお返しする、という離れ業を演じました! 試合は、それ以外にも澪標を2つ出したふみっちさんが、最終的に77点で圧勝でした。
2004年1月18日追記)
石井智明さんが若紫を出したところ、相手の鈴姐さんも若紫をお返し! 強豪の石井さんが若紫を出しても周りは大して盛り上がらなかったのに、女性の鈴姐さんが同じ大技をお返しした時の拍手喝采と来たら、もうすごかったです(笑)。
2003年9月13日追記)
にょい坊さんと林義寿さんの試合で、二人とも10投目に蓬生を出すという壮絶な出来事がありました。最後に大逆転勝ちをおさめた!と思ったのもつかの間、その蓬生をお返しされてしまったにょい坊さんの心境はどうだったのでしょう(^_^;)。まさに天国から地獄、だったかも。
また、この日と、一週間前の「ひかり荘」では、「澪標返しに対してもう一度澪標をお返しする」という、「あしたのジョー」でいえば「トリプル・クロス・カウンター!」みたいな出来事もありました。達成したのは少年投士さん(相手は三浦大助さん)と、小藤秀樹さん(相手はバンマスさん)でした。
2004年2月26日追記)
…と思っていたら、それをさらに上回る大記録誕生! 2月22日に行なわれた「じゃが連」さんの例会で、にょい坊さんと館長へーすけさんが、1試合の中で「澪標返し」を連続でやってのけたのです。
まずにょい坊さんが3投目に澪標、すると館長さんの3投目も澪標。それに対してにょい坊さんがまたまた4投目に澪標! ここまでなら上の「2人で3連発」と同じなのですが、さらに館長さんの4投目もまた澪標をお返ししたというのです。つまり、何と「2人で4連発!!」ということになります。
それだけでなく、館長さんが8投目に澪標(この試合で3つ目)を出したかと思うと、後半後攻のにょい坊さんの8投目もまた澪標のお返し! 「2人とも1試合で澪標3発」だけでもすごいのに、そのどれもが「澪標返し」にからむとは、信じられない快挙ですね。
ただ、試合の結果としては、澪標以外の7投の内容にかなり差があったようで、74対51と23点もの差をつけて館長さんが勝っています。
2007年11月3日追記)
秋の大会の前日に企画された臨時の練習会にて、瓦落多連のつの☆さんがまず澪標を連発!すると、その2発目に続けて石橋俊彦さんが澪標をお返ししたあと、さらに次の1投も澪標! 上記の「2人で4連発」にはかないませんが、「片方の連発に続けてもう片方も連発」にはなっています。
試合は、さらに澪標1つと蓬生を追加したつの☆さんが、88点を叩き出して圧勝しました。
2004年3月15日追記)
こちらはちょっと変わっていて、「早蕨→澪標→澪標」の3連発です。達成したのは1投目の早蕨と3投目の澪標が好帥さん、2投目の澪標が田中雄飛さんでした。
2007年2月24日追記)
この日の記録は単なる大技返しではありません。1投で勝負を決める「追投」での出来事です。まず館長へーすけさんが澪標を決め、「これが10投で出てれば…」とぼやきながらも勝利を確信したとたん、相手のくぇんさんも澪標!
さすがに気落ちしたか、館長さんの2投目は花散里になってしまい、くぇんさんは冷静に薄雲を決めて勝利を収めたのでした。2人ともすごすぎますね。
2007年6月6日追記)
6月3日のじゃが連例会で、まゆりんさんが10投目に早蕨を出して試合を決めたと思ったら、相手のDomiさんも早蕨! 再逆転でサヨナラ勝ちとなりました。
2007年7月18日追記)
7月14日の例会で、「澪標→澪標→真木柱(鈴)」の3連発が飛び出しました。しかも私も当事者の一人として(^_^;)ゞ。
私から既に70勝以上も挙げている館長さんと対戦していて、珍しく私が得点を重ねて勝ちムード。そこへ館長さんが8投目に澪標を出したのですが、続く私の9投目も澪標! この時点で私が「52対26」とダブルスコアで、圧勝するはずでした。
ところが、館長さんの9投目は「真木柱」!しかも蝶の鈴がからんで加点となり、一気に50点も取られて試合が土壇場でひっくり返されてしまいました。悔しい〜〜!
2007年10月28日追記)
昨日の例会で、またも「澪標→澪標→澪標」の3連発。1つ目と3つ目はDomiさん、2つ目はくぇんさんでした。
2008年7月22日追記)
7月19の例会で、「澪標→少女→澪標」の3連発。1つ目と3つ目はにゃもさん、2つ目ははにょい坊さんでした。これだけだと澪標2発の方が得点的には足りないように見えますが、さらにその後、にゃもさんは真木柱! さらに!にょい坊さんは澪標2発! つまり双方の大技は3つずつで52点同士と全くの互角になり、最終的にはにゃもさんが76点、にょい坊さんは86点というとんでもない試合になりました。
2008年9月26日追記)
23日の例会で、またも「澪標→澪標→澪標」の3連発。1つ目と3つ目は浜鈴さん、2つ目はDomiさんでした。
其扇流の銘定の中で、一番インパクトがあるというかバカ受けするのが、「過料20点」という「野分」ですが、練習中ならどうってことのないこの銘も、試合中となるとさまざまなドラマを生み出します。
2003年4月12日、伝法院の大会の「紫の部」の決勝戦において、落語家の立川談幸さんを相手に終始リードを保っていた林義寿さんが、8投目に痛恨の野分! その結果、25対23という僅差で、林さんは優勝を逃してしまいました。
2004年12月23日、暮れの押し迫った中で開催された「じゃが連」の例会において、カワサキさんが真木柱を出し、10投の自己新記録は確実かと思われていたのに、10投目がなんと野分! ハイスコアは水の泡と消えてしまいました。
2005年1月8日の赤坂連の例会において、にょい坊さんが野分! ところが野分に続く2投が何と澪標と帚木という、ものすごく浮沈の激しい3投になってしまいました。
2005年4月24日の「じゃが連」の例会で、先ほども出てきたカワサキさんが、今度は「1試合で2度の野分」という前代未聞の記録を達成! この時のスコアは其扇流の決まりで「無点」つまり0点扱いでしたが、計算上は「マイナス21点」でした。
ところがそれだけでは終わらず、何と「次の試合でも」しかも「前半5投で野分2発!」という大記録! この時の計算上の得点は、「マイナス30点」になったそうです。確証はありませんが、おそらくこれが最低得点記録になるのではないでしょうか?
2008年1月12日の「じゃが連」の例会で、初参加の女性がまたまた「1試合で2度の野分」! しかし残りの8投は22点もとっていたので、計算上の得点は「マイナス18点」でした。野分が片方だけだったら見事にプラスの点数だったのに、惜しかったです。
2008年3月29日の「じゃが連」の合宿初日の練習中に、かおりさんが野分!…と思ったら何と蝶が立っていました! これは規定により過料免除となりますが、私の14年の経験の中でも初めて見た例で、本当にありうるとは思いませんでした。
2008年6月21日の「じゃが連」の例会の練習中、其扇庵雄扇さんが2投連続で野分を出してしまいました。
2008年11月2日の「じゃが連」の例会の練習中、私こと其扇庵匠胡が、野分-澪標-蓬生という3連発(^_^;)。試合中だったら盛り上がったでしょうけど、練習中だったのが実にもったいなかったです。
何しろこの3投は「-20+11+35=26点」、つまり最初に野分が出ているにもかかわらず、薄雲3連発より高得点だったことになるんですからね(笑)。